デイ・アフター・トゥモロー


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 技術が進歩すれば、人間はその技術に溺れる。「デイ・アフター・トゥモロー」は、その良い例である。
 最新CGの展覧会。そう思って見れば、おもしろいかもしれない。
しかし、あくまでもCGというのは道具である。映画をよりリアルに見せ、スケールの大きな話を構築するための道具である。すなわち、盛り上げるべきストーリーなしでは、どんなにリアルなCGも意味がない。リアルな映像は、リアルな物語を生かすためのものである。
 この映画のCGはそう悪いものではない。しかし、CGが作り上げる映像的なリアリティと、ストーリー上のリアリティの乖離が著しい。
 気象学者ジャック(デニス・クエイド)は、ワシントンにいたはずだ。彼は息子を助けるために、車を飛ばして、そして雪道を歩いて、ニューヨークまで行ってしまった。その距離は、200キロちょっと。天候の良い状態でハイウェイを飛ばせば、そんなにかからない。しかし、この歴史上なかった空前の悪天候。一体何時かかるのだ? 大雪の中、札幌〜旭川間を車で行っこたがある。普段は1時間半。しかし、その時は6時間以上かかった。途中の道を全て除雪車がフルに除雪してこの程度かかるのだ。ジャックは冬タイヤはいて準備万端だとしても、他の車はほとんど冬タイヤなどはいていないはずだ。冬の東京ですら、5センチ雪が降っただけで、交通が麻痺するというのに。立ち往生した車に道がふさがれて、道路など進めやしないだろう。それに、地吹雪になったら車など運転できない。結局、地吹雪で事故ってはいるが。ということで、この映画を作った人たちは、雪道の恐ろしさは知らない。北海道人をなめているのか!! 
 まあ、それは冗談として、ジャックは気象学者なのだから、そうした気象の急変の恐ろしさを一番知っているはずだ。しかし、あまりにも悪天候をなめている。防寒着やテントの装備をしていれば良いってもんじゃないだろう。
 息子を愛する思いはわかる。しかし、無茶だ。
 まあ、100歩ゆずって雪道はよいとしよう。私は、ジャックの学者としてのあり方が納得できない。1万年に1回の異常気象。今まで、誰も観測したことのないこの大異変を前にして、学者として胸がときめかないのか? 氷を掘削して過去の気象異常を調べる。実に地道な作業だ。それは、長期的な周期で繰り返される異常な気温低下を証明するため。しかし、今、自分の目の前で、その歴史的な気温低下が生じているのだ。それを観測しないで、何のための学者だ。氷を調べるのがそんなに楽しいのか? 人類の有史以来、この気温低下を観測した人間は誰もいないのだ。人類史上、誰も体験したことのない現象が今起こっている。それも、自分の専門の領域、ドンぴしゃりだ。そして、観測できる環境もあり、権限も持っている。それなのに、なぜ観測を続けない?
 この映画の中で、気象観測所の職員、イアン・ホルム(『ロード・オブ・ザ・リング』のビルボ・バギンス役)は、いい味わいを出していた。ウィスキーを飲みながら、最後の瞬間を迎える。非常に良いシーンである。しかし、彼も気象観測を職業とする人間。この類稀な異常気象を前に、なぜあそこまで悲観的になるのか、理解に苦しむ。異常気象というものに対する知的興味なり、学問的好奇心を、微塵も示さないというのは、おかしなものだ。
 「デイ・アフター」の前半部、ロサンゼルスで竜巻が同時多発する。嫌でも、映画「ツイスター」を思い出す。「ツイスター」の主人公も気象学者。竜巻発生のメカニズムの解明に命をかける。 pic2.jpg (10404 bytes)
竜巻が発生したという情報を聞くと、竜巻の中心部をめがけて車を走らせる。竜巻フェチとでもいおうか、ほとんどビョーキだ。学者というよりは、竜巻オタクである。しかし、学者というものは、だいたいそんなものだ。くだらない学問のために自分の人生も、家族を犠牲にしても惜しくない、それが学者である。そのくらいの根性がなければ、研究などやっていられない。そういう私も、学者の一人である。
 もし私が、この主人公の立場にいたらどんな行動をとるのか? 息子を助けに行かないで、観測を続けるに違いない。たとえそのために息子の命を失おうと、そして自分の命を失なおうとも後悔はしない。ただ、そのデータが無駄にならないよう、後世に役に立つよう、バックアップをとるよう努力する。歴史の証人となれるのだ。こんなチャンスは二度とない。それが、プロ根性というものではないか? 
 それに彼は大統領にも意見できる立場、すなわち公職といっていいだろう。彼が職場放棄する時点では、あんなに簡単に気象が回復するとは予想していなかった。大統領もようやく彼のアドバイスを聞き入れるようになってきたのだから、今後の彼の助言によって何万人もの命を救う事だってできる立場にある。それを、「息子のため」という理由で、簡単に放棄してもいいのか? 
 ジャックと対称的なのが、ジッャクの妻だ。彼女は医者だ。彼女は、凄いプロ根性を発揮する。人工呼吸器なしでは生きられない少年。彼を置いて避難するわけにも行かない。彼女なりの迷いはあった。しかし、救助隊が来なければ、二人一緒に死んでいたに違いない。彼女の中では、患者と心中する覚悟はできていた。医者の鏡である。すごい、プロ根性。
 しかし、もしここで彼女が、「私の息子が危険な状態なので救出に行きます」と言って、患者をほったらかして、息子の救出に向かったらどうだろう? 
 あなたは、「息子思いの素晴らしい母親だ」と感じるだろうか?
 公職を放棄して息子の救出に向かうという意味で、ジャックのとった行動と全く同じである。そのくらい、無責任なことをジッャクはやっている。
 この映画の「人命尊重」は、すごい表面的なのだ。ロスのトルネードや、東京で氷が降るシーンは、人の死をお笑いのネタにしていた。
兵士を戦争のコマにしてゲームをしているようなもので、人間の命というものを映画の構成要素の一つとしてしか捕らえていない。
 ラストシーンのジャックと息子の再会は感動的だが、一方で少なくとも100万人以上は死んでいるという悲壮感が全くない。
 「ニューヨークに奇跡的な生存者がいました」と報じるニュースもおかしなもので、逆に言えば生存者以外は全滅ということ。このニュースを見ている人は、生存者の家族よりも、親戚や友人をニューヨークで失った人の方が、何万倍も多いはずなのに、そうした被災者家族に対する配慮というものが微塵もない。能天気な報道である。現実的にはあり得ない。
 「デイ・アフター・トゥモロー」の評判の悪さはかなりのもののようだが、その原因は映画的にダメという以前に、こうした人命とか人間性を軽視した製作者側の人間性が映画に現れているから、多くの人が不快感を持ったのだろう。
 それとも、これってこの監督の過去の作品「インディペンデンス・デイ」と同じくコメディ映画だったのか? 確かにそう考えると全てが腑に落ちる。ジャックの破天荒な行動も、学園ドラマ的なくだりも全て。
 まあ、百歩譲ってリアリティのないストーリーも、人命軽視のスタンスも許そう。映画は、テーマが大切だ。自然災害の恐ろしさ。自然や環境の保護の重要性。そうしたものが、伝わってくれば良い。しかし、この映画からは、全くそんなものは伝わらない。
 ロサンゼルスの竜巻大発生とか、東京で氷の塊が降るところとは、完全にお笑いである。「インディペンデンス・デイ」の監督だからしょうがないかもしれないが、ここは自然の恐ろしさを描くところであって、笑いをとる場面じゃないだろう。
 一番ダメなのは、ジッャクや息子の前に立ちふさがる障害や困難が、気象変動と直接的に関係がないということ。例えば、ショッピングセンターのガラスが割れて、仲間の一人が死んでしまう。自らの命を犠牲にしてジャックたちの命を救う。感動的なシーンだ。しかし、彼の死は、気温の異常低下とは直接に関係ない。ショッピングセンターの上を歩いていなければ、彼は死なないですんだだろう。先頭を歩いていたジャックの不注意によって彼を殺してしまった、それだけのこと。そもそも公職を放棄し「自分の息子を助けに行く」というわがままを言い出さなければ、この友人は死ぬこともなかったことを付け加えておこう。
 息子たちがペニシリンを探しにタンカーの中を探すが、狼に襲われるというエピソードもひどい。狼が逃げ出したのは動物園の管理ミスであって、気象変動とは直接関係のない話だ。単にストーリー的に障害物を無理に作り出そうとしている感じが否めない。
 異常気象にともなう避けがたい困難を、彼らの前に次々と登場させることで、自然の驚異というものが描かれてくるはずなのに、全くの見当違い。
 この映画のテーマは、CGの映像だけでみると「自然の驚異」とか「大自然の前で無力な人間」といったものが伝わってくるのだが、ストーリーはそうしたものを全く描こうとしていないのだ。
 ラストシーンもひどい。異常気象の回復が早すぎるだろう。どうみても。氷河期が来るとか、そんなこと言ってなかったか?
 タイトルの「デイ・アフター・トゥモロー」。その大災害の後に残るものは・・・。
 いつも通りの平穏な生活。
 「自然って、たいしたことないね」というメッセージを、我々に強く印象付けた素晴らしい映画である。  (2004年6月25日)

 

シカゴ発 映画の精神医学
アメリカ、シカゴ在住の精神科医が、最新ハリウッド映画を精神医学、心理学的に徹底解読。心の癒しに役立つ知識と情報を提供ています。
 人種、民族、宗教などアメリカ文化を様々な角度から考察。
 2004年まぐまぐメルマガ大賞、新人賞、総合3位受賞。
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