[映画の精神医学]




インソムニア
 
 

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 「始まりは髪を洗われ爪を切られた17歳の少女の死体」
 このキャッチフレーズから上質のクライムサスペンスを想像するが、その期待は大きく裏切られる。犯人は意外と早くに姿を現す。そして、映画は意外な方向へ向かって動き出す。アル・パチーノ演じる腕利き刑事ウィルは、悪徳刑事であった。そして、自分にとって不利な証言をしようとする同僚のハップを殺してしまう。
 アル・パチーノとロビン・ウィリアムスの悪役対決は見ごたえがあるが、二人の行動の動機は自らの犯罪の隠蔽であって、どうもすっきりしない。とにかくすっきりしない。モヤモヤとした映画だ。そのモヤモヤした理由は、ストーリーにも関係している。
 『インソムニア』とは、不眠症の意味。かなり奇異なタイトルであるが、何か興味をそそる。まさに、「不眠症」が、この映画の核となるわけだが、「不眠症」とは何かがわかっていないと、ウィル刑事の行動の詳細が理解しづらく、若干の解説が必要となる。

 ウィル刑事が同僚のハップ刑事を殺したのは事故なのか? それとも故意か?
 ここが、この映画の最も重要な分岐点である。


 これに関して最後の部分で、ウィルは「よくわからない」と答える。故意であれば、殺人者。事故であれば不運な男。そこに殺意があったかどうかは、極めて重要な問題である。裁判であれば、死刑になるかどうかを分ける重要な争点になるだろう。それなのに、「よくわからない」とは一体とどういうことか? 自分の気味持ちを隠しているのか? それとも誤魔化し、嘘を言っているのか。いや、そうではない。ウィルのこの「よくわからない」という言葉は、彼の非常に正直な気持ちを表しているだろう。

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クライムミステリーのような始まりだが、その後の展開は・・・

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アル・パチーノ
ロビン・ウィリアムスの
演技対決

 ウィルは倫理的には問題がある人物であるが、熟練の腕利き刑事として登場している。その彼が霧で視界が奪われているとはいえ、犯人と仲間を間違って撃ち殺すことがあるだろうか? 犯人以外に、現場にはハップや他の警官たちが何人もいたことは、彼も知っていたはず。犯人から発砲してきたという緊迫した状態ではあったが、何の確認もなく、人の気配がある方に発砲したというのは、確認不足と言われてもしょうがない。
 そして、彼はこの時点で、すでにインソムニアになっていた。不眠症になり、何日も熟睡できない状態が続くと、思考力、注意力、判断力が低下する。不注意なミスが多くなり、複雑な思考ができなくなってくる。ハップ刑事を殺したことはハップの注意不足の結果だったかもしれない。
 しかしハップの死を確認した、ウィルはすぐに決断する。ハップ殺しの隠蔽工作を速やかに開始し、現場に駆けつけた警官に嘘をつく。この行動の速さは、かなり目を引く。インソムニアの状態では、沈着冷静な判断ができないはずなのに。
 犯人が逮捕されれば偽装工作がバレることは明白なのに、なぜそんな危険な道を選択したのか。ウィルの行動は一見冷静なようだが、熟慮された行動とは言えないのだ。彼が偽装工作を行ったのは、後ろめたい気持ちがあったためであろう。彼が意図的にハップを殺したかどうかは不明だが、ハップが内務調査で真実を話すことを決めた時点で、ハップはウィルにとっての邪魔者、厄介者になっていたこと。そして、少なからぬ殺意を持っていたかもしれないということだ。
 邪魔者を始末したいという気持ちがあった。霧の中での発砲は、その向こうにハップがいることを確信した上での発砲ではなかったかもしれないが、運命のいたずらで、ウィルにっとっての邪魔者であるハップが死んでしまうのである。
 ウィルの判断と行動の全ては、インソムニアの朦朧とし状態でなされていることを念頭に置かないと、理解不能である。


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ハップとともに犯人を負うウィル  このカットの直後大きな事件がおきる

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次第に冷静さを失っていくウィル
 例えば隠ぺい工作のために、発砲された弾を作るために裏道で野良犬の死骸に発砲するが、これもかなり不用意であり、結果として犯人のフインチに目撃されることになる。多少の冷静な判断があれば、人気のない郊外まで車を飛ばせば済むだけの話しなのに、インソムニアによって判断力を失い、さらにハップを殺してしまったこと、それを必死で隠さなければいけないという精神的に追い詰められた状態であった。この二重の極限状態が、冷静さと判断力のない敏腕刑事らしからぬ行動を連発した原因である。

 そしてそれが最も顕著に現れるのが、ホテルのマネージャーに全ての真相をぶちまけてしまうシーンである。彼の行動は実に愚かに見える。彼の発言は後々、証拠として採用されるかもしれない。ウィル自身を破滅に導くかもしれない危険な告白である。しかし、彼は心の内を告白した。良心の呵責である。悪徳警官であったウィル。その彼は心の中で、悪と善が戦っていた。隠蔽工作をしながらも、良心の呵責にさいなまれていたということだろう。インソムニアの辛さに、良心の呵責のつらさが、彼を精神的に追い詰めていく。その彼の心理的な憔悴と葛藤、それが爆発寸前にまで高まり、自分の心の内にとどめておくことが出来なくなった。そんなウィルの心の葛藤のクライマックスが、この告白シーンである。
 ウィルは自分の犯した罪を隠し続けることも出来たのに、マネージャーに告白してしまう。教会での懺悔のようなもの。自らの罪を「悪」と感じたから、懺悔したいという気持ちが生まれた。しかし、冷静な正気のウィルであれば、このような行動はとらなかったであろう。インソムニアの思考が混乱した状態で、懺悔に至ったという所がおもしろいのである。

 ラストのエリーと一緒に犯人と戦うシーン。自らの罪をエリーにも告白するのは、懺悔シーンの後では、もはや必然となる。

 それにしても、後味の悪い映画だ。犯人フィンチの誘惑により、他の若者を犯人に仕立て上げるという偽装工作にも関わろうとするウィル。人間の暗部をテーマにしているとはいえ、気がめいる。
 悪につつまれた人間が、インソムニアという混乱した状態の中で、ささやかに残されていた良心に気付く物語。そう見れば、多少は明るい映画に変化するのかもしれないが…。                 (2002年10月20日)

 

 

シカゴ発 映画の精神医学
アメリカ、シカゴ在住の精神科医が、最新ハリウッド映画を精神医学、心理学的に徹底解読。心の癒しに役立つ知識と情報を提供ています。
 人種、民族、宗教などアメリカ文化を様々な角度から考察。
 2004年まぐまぐメルマガ大賞、新人賞、総合3位受賞。
(マガジンID:0000136378)

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