[映画の精神医学]



デアデビル
 
 オフィシャル・ページ
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アメコミの映画化作品が暗い理由
 「バットマン」「スパイダーマン」「Xメン」など、アメコミからの映画化作品はたくさんあるが、そこに共通するのは「痛快さ」ではない。むしろ、これらの作品は妙に「暗い」し、ヒーローは自らがヒーローたることに苦悩し、悩み続ける。痛快な娯楽アクションを期待して多くの観客は劇場に足を運ぶが、大抵の場合大きく裏切られる。
 ポップカメチャーとして、勧善懲悪というパターンの中で、人間の強さを描きつづけてきたハリウッド映画(あるいはテレビドラマ)に対して、サブカルチャーとしてアメコミが人間の影の部分にスポットを当てて、バランスを保ってきたという構図があった。それが「アメコミの映画化」、すなわちポップカルチャーとサブカルチャーの融合により、ハリウッド映画には珍しい「痛快でないアクション映画」を生み出した原因だろう。
  「デアデビル」は、「バットマン」や「Xメン」に負けず、暗い映画である。それは、上述のような構造的な理由の他に、もう一つ理由がある。宗教的なテーマが大きく扱われているという点である。そういえば、「Xメン」にも、宗教的テーマが隠されていた(解読済)。ちなみに、近日公開の「Xメン2」のタイトルロゴは、Xが十字架のデザインそのものになっている。このように、「デアデビル」の理解にも、ちょっとした宗教知識が必要である。

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どうみても
十字架

「デアデビル」の宗教的側面

 主人公の名はマシュー(マット)・マードック。マシューと聞いて、藤井隆しか思い出せない人は、「デアデビル」を十分に理解することはできない。マシューとは、マタイ。すなわち、イエス・キリストの使徒の一人。「マタイ受難曲」のマタイである。ちなみに受難とは、イエス・キリストが無実の罪で捕らえられて裁判にかけられ,十字架上で刑死したことをさす。「マタイ受難曲」は、そうしたユダの裏切り、イエス・キリストの逮捕,裁判,十字架上の死という一連の出来事を物語風に歌った劇音楽であり、新約聖書の「マタイ伝」はキリストの受難について書かれている。一言で言えば、マタイはキリストの受難の目撃者であった。

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マタイ受難曲

 劇中のマシューには、キリストそのもののイメージが重ねられているが、「マシュー」という名前から、デアデビルの行動、そしてこの映画の物語全体がキリストの受難と重なることを示すだろう。 主人公のマシューは、カトリック教徒として登場している。マシュー少年のベッドの上には十字架が置かれていた。また、失明して入院したマシューのベッドの上にもやはり十字架が置かれている。神父に自らの罪を懺悔するシーンが二回出てくる。

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十字架に抱きつくデアデビル

 神父はマシューの精神的な理解者であり、支持者でもあった。そして、デアデビルが教会の上に立つ十字架に抱きつく映像が、「デアデビル」の重要なイメージとして、何度か繰り返される。彼は熱心なカトリック信者という設定である。
 ちなみに、主人公の名前は、マシュー・マードック。マードックはアリッシュ(またはスコットランド人)の名前であり、彼がカトリックであるということから、人種的にはアイリッシュと思われる。
 目が見えないにもかかわらず、レーダーセンスで周囲の状況を的確に把握する。彼の反射神経は、ほとんど奇跡的だが、救世主とは奇跡(奇蹟)を起こすものである。
 デアデビルには、キリストのイメージが重ねられている。自らの行為が「正義」なのかどうか、デアデビルとしての行動を続けていくべきか苦悩するマシューは、自らがなぜ救世主として神に選ばれたのか、そして十字架にかれられるのかに苦悩するイエスの姿が重なる。
 重傷を負ったデアデビルは、瀕死の状態で教会へ逃れる。ほとんど息絶え絶えの状態。しかしながら、ブルズアイが登場すると、別人のように息を吹き返す。そして、今まで以上の強さを発揮し、ブルズアイを打ち負かす。これをリアリティのない描写と見てはいけない。リアリティのある描写だ。これは、「復活」である。復活した後は、今まで以上にパワーアップしているのも、当然だろう。
  「復活」は、キリストの必要条件でもある。『マトリックス』でも主人公の心臓が一時し停止するが、そこから復活し、復活した後は滅茶苦茶強くなっている。

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復活後の教会での戦い

『ロボコップ』や『ET』もそうだ。 十字架に抱きつきデアデビル。これは、十字架磔刑と同種のイメージと見ることができる。人々の罪を贖うために十字架にかかったと言われるイエス。デアデビルは、犯罪者の罪を贖う。

正義とは何か?


 マシューの職業は弁護士である。裁判で無罪になった悪人を、実力行使で自ら処罰する。しかし、こんなことが許されるのだろうか? 本来であれば法律に仕え、法律を遵守するのが弁護士の役目ではないのか?
 アメリカが法治国家である以上、裁判所の決定を重視するのは当然だろう。それを否定することは、法治国家の否定である。しかし、マシューは、法の裁きよりも自分の裁きの方が正しいと考え、悪人に天誅を下す。それが、彼の行動理念だ。 当然のことながら、映画はこのマシューの行動を必ずしも支持していない。

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法廷で弁護士として
活躍するマシュー

 マシュー自体が自分の行動が本当に正しいか疑念を抱いているし、自分の行動を誤解する人々(エレクトラや新聞記者)に心を痛める。マシュー本人として、そして映画として、正義をふりかざした実力行使ついては懐疑的な姿勢をとっている。 このデアデビルの正義をふりかざす傲慢な姿勢に、我々は思い当たる節がある。マシュー(デアデビル)の考えと行動は、イラク攻撃をしたアメリカにピッタリと重なる。国連の安保理決議ではイラク攻撃は支持されなかった。にもかかわらず、大量破壊兵器所持の証拠も示さず、自分の判断(独断)で、武力でイラクに攻撃を開始した。
 『デアデビル』の企画は、イラク戦争のかなり前から進められていたと思うが、不思議なくらいデアデビルとアメリカは似ている。まあ、アメリカがふりかざす「正義」とそれによる傲慢な武力行使は、今に始まったことではないわけだが・・・。
 イラク攻撃に対して、ハリウッドの映画人で戦争反対を表明した者は多い。アメリカ国民に少なからぬ影響を与える映画を支えるハリウッドが、ブッシュが振りかざす「アメリカの正義」の傲慢さに気付き、それに対して警鐘を鳴らしていることは、一つの救いである。
  『デアデビル』で興味深いのは、一般市民の反応が全く描かれていない点である。すなわち、デアデビルはニューヨークの市民にとってヒーローとして歓迎されていたのかどうか? そこが描かれていない。例えば、映画『スパイダーマン』では、ヒーローとして市民の注目の的になるという描写があった。『デアデビル』では、デアデビルを追う新聞記者が登場するが、彼の記事を読んでいるはずの市民の反応が皆無である。マシューは、自分を犯人と誤解させてしまったエレクトラに対しては気遣いを見せるが、大衆からどう見られているのかについては、あまり無関心の様子。
 これには、二つの理由が考えられる。すなわち、アメリカ政府は戦争反対の市民運動がどれだけ盛り上がろうと、全く関心を示さず無視し続けることへの皮肉。もう一つは、我々観客が「デアデビルの行動についてどう考えるのか?」という問題提起である。つまり、彼の行動が、良いのか悪いのか? 映画の中で結論が出されないことによって、観客に問題提起の形で、手渡されるのである。
  一つ気になるのは、キングピンとブルズアイという絶対悪の登場によって、マシューの正義に対する心の迷いが、消失してしまう点である。 「絶対悪に対しては、武力行使可能」  ブッシュ政権が振りかざす、プロパガンダそのもの。サダム・フセインは独裁者で、絶対悪。だから、安保理の承認も、大量破壊兵器の証拠がなかろうか、攻撃可能なのだ・・・と。
  唯一の救いは、「一輪のバラ」。すなわち、キングピンはマシューの父親を殺した犯人であるという物的証拠と、彼が父を殺したとい告白(自白)があることだろう。マシューのキングピンへの成敗は、劇中では完全に正当化されている。
 ただ、「正義とは何か?」「本当の正義とは何か?」という壮大なテーマを提出しながらも、最後にキングピンと戦う動機が「父の仇」という、個人の怨恨に収束してしまうのは、スケールが小さく残念である。というか、これ(個人主義の尊重)こそが、ハリウッドが抜け出せない一つのパターンであり、アメリカ人の考え方の根本でもあるのだから、どうしょうもない気もするが・・・。
 暗くて地味なアクション映画に思われた『デアデビル』であるが、そこには宗教的テーマと、「正義とは何か?」という深いテーマが二つ隠されていた。

【蛇足】マシューが思いを寄せる女性エレクトラの父は海運王の富豪であるが、その姓はナチオス(natchios)。数千億円の遺産を残したという海運王オナシス(onassis)を意識したネーミングであろう。

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シカゴ発 映画の精神医学
アメリカ、シカゴ在住の精神科医が、最新ハリウッド映画を精神医学、心理学的に徹底解読。心の癒しに役立つ知識と情報を提供ています。
 人種、民族、宗教などアメリカ文化を様々な角度から考察。
 2004年まぐまぐメルマガ大賞、新人賞、総合3位受賞。
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