[映画の精神医学]



レッド・ドラゴン
 
 オフィシャル・ページ
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 非常によくできたクライム・サスペンスの秀作である。
 FBI捜査官グラハム(エドワード・ノートン)とレクター博士(アンソニー・ホプキンス)の演技対決は壮絶。ただ、その二人に負けず、犯人ダラハイドの人物描写がしっかりとされていたのがよかった。
 レクターとグラハムの対決。グラハムとダラハイドの対決。そして、ダラハイドとレクターの殺人者同士の異常な連携。この奇妙な三角関係が、どの一片が弱まることもなく、しっかりと成立している。
 犯人ダラハイドのしっかりとした人物描写は、全くの予想外であり、意外な収穫でもある。連続殺人犯の「狂気」は、「狂気」として、すなわち「了解不能な感情」として描かれることが多いが、この映画ではそうではない。あくまでも「狂気」でありながにも、狂気の成立過程と、自らの狂気に苦しむグラハムが描かれていた。
 さて、「レッド・ドラゴン」を名乗る異常な殺人者であるダラハイド。なぜ、そのダラハイドは自分の性交を見せ付ける観衆を必要としながらも、その観衆は死者でなければいけなかったのか? あるいは、性交相手の目にガラス片を埋め込まなければいけなかったのか?
 ダラハイドは、新聞記者の男に自分の肉体を見せ付け、それを誇示する。かれは自分の強さを人に誇示したいという願望を持っていた。そして、人から弱く見られたくないという思いも。
 一方で、盲目の女性でなければ付き合うこともできない。自らの容姿に対する強いコンプレックスを持っていた。それは、祖母による虐待によって強化され、深いものになっていた。
 彼は自分の強さを人に誇示したいという欲求を持ちながらも、自らの容姿を人に見せたくないというアンビバレントな感情(両面感情・両面価値感情)を抱いていた。
 祖母の支配から逃れたい自分と、逃れられない自分。
 彼が徹底的に身体を鍛え上げていくのは、祖母の支配から逃れたいという強い欲求の行動化。しかし、その呪縛から逃れられない自分にいらつきを感じていた。その葛藤が、劇中では多重人格のようにも見える。
 ダラハイドのテーマは変身である。当然それは、弱い自分から強い自分への変身。その願望が、ブレイクの絵を食べるという奇行によって、彼の中では成就したのだろう。
 こうした細かい部分は映画では詳しく種明かしされないが、その証拠なり根拠なりの必要な描写は全て劇中に提示されており、観客自身に考えさせ、観客に犯人のプロファイルを要求していく。まさに、上質なサスペンス小説を読んでいるそのままの緊縛感と謎解きを楽しむことができる。

 さて、レクターとダラハイドの関係性についても、若干コメントしておこう。
 なぜ、ダラハイドはレクターの命令(グラハムの家族を殺せ)に従ったのか? 
 これについは、多少わかりづらかった人もいただろう。
 ダラハイドは、レクターの記事をスクラップ・ブックに大切に保存していた。ダラハイドにとって、レクターは一種の「師」である。敬意に似た感情を抱きつつも、乗り越えるべき存在と規定している。当然、自分はレクターよりも上と信じている。
 映画のクライマックス。死んだと思われていたダラハイドは、実は生きていた。そして、グラハムを襲撃する。ダラハイドは非常に頭のよい賢い男である。もし、あなたがダラハイドであれば、グラハム殺しにこだわらず、そのまま逃亡したと考えるかもしれない。
 しかし、ダラハイドはダラハイドなのだ。
 ダラハイドはレクターとグラハムの関係について、非常によく理解していた。それは、スクラップ・ブックの描写に現れているし、レクターのグラハムの家族殺しの命令を即実行に移せたことが証明している。
 ダラハイドは、レクターがグラハムとの対決に敗れたことも知っている。そして、自分はレクターよりも強いと信じている。つまりその彼にとって、グラハムと対決せずに逃げ出すという選択肢はない。レクターを逮捕したFBI捜査官を殺すことが、自分がレクターよりも優れていることを直接的に証明する方法なのだから。
 
 『レッド・ドラゴン』は、『羊たちの沈黙』や『ハンニバル』とは全く違った映画である。正統派のクライム・サスペンスと言っていいだろう。レクターの強烈なキャラを期待した人には、ガッカリしたところもあるかもしれないが、『ハンニバル』くらいになると、サスペンスというよりはホラー映画に近いほどのやりすぎなところもあったわけで、ここに来てようやく本流に戻ったとも言えるだろう。

 

シカゴ発 映画の精神医学
アメリカ、シカゴ在住の精神科医が、最新ハリウッド映画を精神医学、心理学的に徹底解読。心の癒しに役立つ知識と情報を提供ています。
 人種、民族、宗教などアメリカ文化を様々な角度から考察。
 2004年まぐまぐメルマガ大賞、新人賞、総合3位受賞。
(マガジンID:0000136378)

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