[映画の精神医学]


遠い空の向こうに

 スター・ウォーズ・ファンが見た
     『遠い空の向こうに』
 『遠い空の向こうに』は、スター・ウォーズである。完全にスター・ウォーズだ。そこには、スター・ウォーズ・マインドを見事に体現されている。さすがは、ジョー・ジョンストンである。
 小さな炭鉱町コールウッド。そこで坑夫になるしかない運命と、あらがう主人公ホーマー。この死に行く町を出て、ロケットを作りたいと宇宙を夢見る青年。夢は信じつづければいつか必ず実現する。

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遠い空の向こうに君は何を見る

 これをスター・ウォーズ風に言い換えれば、こうだ。
 銀河の辺境の惑星タトゥイーン。そこでモイスチャーファームの農夫になるしかない運命とあらがう主人公ルーク・スカイウォーカー。この希望も何もない辺境の惑星を出て、いつか銀河を飛び回るパイロットになりたいと、宇宙を夢見る青年。夢は信じつづければいつか必ず実現する。
 あるいは、『ファントム・メナス』で言い換えれば、こうだ。
 銀河の辺境の惑星タトゥイーン。そこで奴隷として生きていかねばならない運命とあらがう主人公アナキン・スカイウォーカー。この希望も何もない辺境の惑星を出て、いつか銀河を飛び回るパイロットになりたいと、宇宙を夢見る少年。夢は信じ続ければいつか必ず実現する。
 この将来を夢見る少年像というのは、スター・ウォーズに限ったものではなく、誰でも少年、青年時代に持っている熱き思いである。少年時代のジョージ・ルーカスの映画に対する思いもそうだっただろう。「夢を持ち続けることの大切さ」これがスター・ウォーズ・サガの重要なテーマの一つであることは、『ファントム・メナス』で『新しき希望』と完全に同じテーマを再び描いたことで、完全に証明された。スター・ウォーズの旧三部作で、デザイン、アート・ディレクターをしていたジョー・ジョンストンは、そのスター・ウォーズ・マインドを完全に受け継いでいた。『遠い空の向こうに』は、「ロケット・ボーイズ」という実話の映画化であり、新しく作られたストーリーではない。しかし、ここまで見事にスター・ウォーズ・マインドが再構築されているとは、驚きに値する。
 だいたい、映画を観るというこうこと自体が、「夢を追い求める」という行為そのものである。「夢を追い求める」というのテーマの映画は、やはり映画の基本であり、原点である。『遠い空の向こうに』を見て、なぜ自分がスター・ウォーズ・ファンをやっているのかを再認識したような気がする。「夢を持ちつづける熱き思い」この気持ちは、やはり忘れてはいけない。今まで、このスター・ウォーズに描かれてきた、夢追い人が抱く感情を、私は勝手に「スター・ウォーズ・マインド」と呼んできたが、それをうまく文字として表現することが出来なかった。『遠い空の向こうに』を見て初めて、漠然と熱くなるハートだけで感じていた「スター・ウォーズ・マインド」を、文章として表現できたような気がする。
 ジョー・ジョンストンが、この「スター・ウォーズ・マインド」をどこまで意識して、『遠い空の向こうに』を監督したかは不明だが、意識しなくてもルーカスのすぐそばでスター・ウォーズを作りつづけていた彼には、言語化せずとも魂に、そして血肉に染み込んでいたのかもしれない。そしてそのマインドは、意識しなくても映画に染み渡ったのだろう。それが『遠い空の向こうに』である。 

 蛇足1 スター・ウォーズ・ファンに今さら言うのも野暮だが、ラストの登場人物がどうなったかを、一人一人説明していく形式。これは、『アメリカン・グラフティー』でジョージ・ルーカスが初めてやった手法で、通称アメグラ式と呼ばれるものである。このラストのアメグラ式人物紹介が、我々の感動をより大きなものにしたことは間違いない。最近の映画では、あまりアメグラ式はみかけないが、やはり偉大な手法であり、この映画のラストとしてこれ以上のものがないラストを作り上げることに成功している。ジョー・ジョンストンは、ルーカスのもとで、非常に多くのものを学んだようだ。

 蛇足2 基本的な設定だけでなく、その後の展開もなぜかスター・ウォーズである。
 主人公のもがき(ルークの苦悩)。父親(ベーダー)との確執、そして和解。おまけに、メダルの授与式まであるって。
 

 補足 『遠い空の向こうに』という邦題タイトルは、日本の映画会社が考えたにしては、珍しく良いタイトルだと思う。でも、『October Sky(10月の空)』という原題はもっと意味深い。すなわち「10月の空」は、少年たちの打ち上げたロケットが飛ぶ空である。そして、「10月の空」は秋の空である。すごく寒くはないが、少し寒い空という意味である。主人公のホーマーが体験する、苦悩と苦節がこの寒空ににじんでいる感じがする。ラストはハッピーエンドだが、我々が大いに感動したのは、ホーマーの失敗と挫折があったからに他ならない。その彼の心の糧となった失敗と挫折が、「10月の空」というタイトルに滲んでいるのである。
 そして、「October Sky」は、原作小説のタイトル「Rocket Boys」のアナグラム(文字の並べ替え)になっている。ホーマー・ヒッカムの考えである。「Rocket Boys」がタイトルでは、あまりにも直球勝負でおもしろくない。それを文字った「October Sky」で、何倍もの感慨がでる。

 

ありふれた映画に見る卓越した演出力

 『遠い空の向こうへ』は、ありふれた話である。50年代のアメリカを舞台に、昔懐かしい風俗や音楽を取り入れて、郷愁をあおるという、懐古主義。そして、全く無名の主人公の青年が、アメリカのトップへと駆け上るアメリカン・ドリーム。
 こうした映画は何本もある。懐古主義で言えば、『アメリカン・グラフティ』、『スタンドバイミー』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』など。アメリカン・ドリームの色彩の強いのでは、『フォーレスト・ガンプ』がそうだ。しかし『遠い空の向こうに』は、こうしたおおくの懐古主義映画と比べても、格段に良くできている。それは一体何なのだろうか。
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 『遠い空の向こうに』は極めて巧妙に演出された映画である。例えば、カメラの位置や動き。派手なカメラワークや、斬新なカットはないのだが、場面場面で非常に良い位置から、人物たちの表情をとらえている。カメラワークで良いところといえば、ロケット発射のボタ山に初めてたどり着くシーン。やや、低めに位置していたカメラが、すっと上がりボタ山を俯瞰する動きは絶妙である。
 あるいは、坑道に下りていくエレベーターから見上げるスプートニクス。そして、同じ構図を、ホーマーの父親の視点から繰り返すところなど、憎い。
 人物にしても、実に良い表情を切り取っていく。もちろん、俳優陣も好演している。最初は軟弱だったホーマー少年だったが、最後の父親の前でロケットを打ち上げるシーンでは、実に堂々としている。明らかに人間的な成長を感じさせる。それに、ドラマとしてもそうなのだが、彼のたのもしさというのが、このラストの彼の姿だけからも伝わってくるところがすごい。
 実はサクセス・ストーリーとしてかなり単純な話を、ジョー・ジョンストンの卓越した演出力で感動の一作に仕上げているのが、『遠い空の向こうへ』である。

 

シカゴ発 映画の精神医学
アメリカ、シカゴ在住の精神科医が、最新ハリウッド映画を精神医学、心理学的に徹底解読。心の癒しに役立つ知識と情報を提供ています。
 人種、民族、宗教などアメリカ文化を様々な角度から考察。
 2004年まぐまぐメルマガ大賞、新人賞、総合3位受賞。
(マガジンID:0000136378)

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