[映画の精神医学]

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 こんなことが本当に可能なのか?
 いや、どうみても無理だろう。偽造書類とニセ電話でアメリカ軍が簡単に出動してしまう? そんなことあるりえないだろう。米軍ヘリが来たとき中国側が何の抵抗もしなかったが、あれで本格的な交戦になっていたら、アメリカはどうみても言い逃れできないわけで、ある種の宣戦布告のようなもの。さらに、中国とアメリカの重要な政治交渉の前という時期的な問題も考えれば、ミュアー(ロバート・レッドフォード)の工作によって米軍ヘリが出動してトム(プラッド・ピット)を救出してしまうのは、あまりにも無茶な話である。
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 ミュアー(ロバート・レッドフォード)とトム(ブラッド・ピット)
 だいたいにして、最後にとったミュアーの行為は、国家に対する裏切り行為である。トムの奪還作戦だが、これが表ざたになれば、米中交渉は失敗終わること間違いないわけで、明らかに国益に反する。アメリカのためという旗印に、多くの人を殺しつづけてきたミュアー。国家の論理で見殺しにしたという観点から考えれば、東ドイツからの亡命に失敗して殺された男と、トムは全く同じである。
 いや、そうではない。トムがスパイのミッション中に失敗して、敵の手に落ちたのなら、CIAはそれを助ける義務があるかもしれない。しかし、トムは上司の管理を離脱し、命令でもない単独行動で昔の女を刑務所から救出しようとした。トムの行動は、スパイ行為ではなく、中国国内で囚人を脱獄させようとした一個人による犯罪行為なのである。 なぜ、そのトムをCIAは助ける必要があるのか?
 ただ、CIAのエージェントーだからという理由で、その男が起こした犯罪行為が、全て免責される、CIAエージェントとは、そんな偉い身分なのか。 私は、委員会の出した結論。個人の独断に基づく行動中におこした失敗で中国にとらわれたトムを救出しないという判断は、実にリーズナブルだと思う。その判断を受け入れられない、ミュアーの方がよっぽど横暴ではないか。

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 委員会の出した結論は間違ってなかったのでは?

 いままでトムは、エージェントとして頑張ってきた奴なのだから、多少の違法行為、CIAの命令違反も無視して、中国との交渉に大きな影響を与えようが、その人命を救うべきだ。これが、正しい理屈に思えるだろうか?
 『スパイ・ゲーム』は、ミュアーは今まで非人間的なスパイとして活躍してきたが、退職のその日に全て悔い改めて、昔の部下の命を救うために、財産も名誉も全てをなげうって献身するという物語である。 しかしそれもまた、実にお気軽な転身である。ミュアーは今まで数百人の命を手にかけてきただろう(ベイルートの事件だけで70人も死んでいるので)。それが、ここで悔い改めたからと言って、救いがあるというのか。
 アメリカのアフガンへのテロ報復。米兵が一人でも戦死すると、大統領じきしきに弔辞を述べ、国家全体をあげてそれを悲しむ。一方誤爆によって、アフガン市民が10人くらい死んでも、「近くに軍事目標があった」の一言で片付けられてしまう。アメリカ人の感覚から言えば、アメリカ人一人の命は、アフガン市民1000人の命よりも重いのだろう。
 結局、自分は正しい。自分は正義。アジア人がいくら死のうと知ったことかという、社会認識がもこの奇妙な『スパイ・ゲーム』のような、正義を勘違いした映画を作らせてしまうのだろう。逆の視点から見ると、アメリカ人のアジア人に対する差別的視点(政治的な意味も含めて)が良く現れている映画、アメリカ人の「自分だけが正義」という誤った価値観を、非常によく描き出している優れている映画ということになるのか。
 映画は、テーマも重要だが、人物描写や役者の魅力も重要である。ミュアーは、自分の老後の資金282000ドルを全額投入、さらに犯罪者として告発される危険性を犯してまで、トムを助けたのはなぜか? トムに対する罪悪感か? すなわち、それだけの犠牲を払うだけの二人の人間関係が十分描かれていたのかが、ドラマ的には大きな見所だ。
 ミュアーは冷酷無比なスパイとして登場している。彼の部下に厳しい仕打ちをしたことは、別にトムだけではないはずだ。多分、何人ものエージェントに対して同様なことをしてきているだろう。また、トムと別れてから、何年も経っていたわけである。何年間もミュアーがトムに対する罪悪感を抱きつづけてきた? そんな描写はどこにもない。ミュアーとトムは強い友情で結ばれていたのか? そんな描写も一ヶ所になかったように思える。あるとすれば、トムがミュアーの誕生日に、携帯用のウィスキー入れを送る描写くらいか? 百人以上の人間を殺してきたミュアーが、全財産とCIAエージェントとしてのの全名誉を投げ打うってまで一人の男トムを助けた理由。それが、全く伝わってこない。それこそが、この映画の最大の致命傷であろう。
 いままで個人を犠牲にして「国家のため」を大義名分にスパイ活動を行ってきたミューアー。それが、自分が犠牲を払わされる側になった途端に、簡単に国家を裏切ってしまう。彼の国家に対する忠誠とは一体なんだったのか?
 私には、ミュアーは信念のない自己中心的な男にしかうつらなかった。
 トムを演じるブラッド・ピットは、何か牙を抜かれた犬みたいな感じて、いまいち演技にきらめきがない。ブラピは私の最も好きな男優でもあるので、残念であった。トムという役柄自体に、大きな見所もないが、ミュアーとトムが直接絡む数少ないシーンに、競演のおもしろみ、凄みが出ても良かったようン気がする。何かレッドフォードに飲まれているような感じがあり残念だ。

 唯一良かったのは、グラディス役のマリアンヌ・ジャン・パティスタ。 過去の作品はと思い調べてみると、『ザ・セル』の博士役だ。これからも、名脇役として活躍していきそうな雰囲気である。
 非常に矛盾の多い映画であるが、この作品の成立過程に、アメリカ人の自己中心主義や「正義」を振りかざす横暴さが、うまく現れている。



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ミュアーとトムとの人間関係は十分に描かれていたか?


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輝きに欠ける

ブラッド・ピット



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グラディス役の
マリアンヌ・ジャン・
パティスタ
なかなの演技であった

 

 

シカゴ発 映画の精神医学
アメリカ、シカゴ在住の精神科医が、最新ハリウッド映画を精神医学、心理学的に徹底解読。心の癒しに役立つ知識と情報を提供ています。
 人種、民族、宗教などアメリカ文化を様々な角度から考察。
 2004年まぐまぐメルマガ大賞、新人賞、総合3位受賞。
(マガジンID:0000136378)

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