[映画の精神医学]


『シュリ』

 タイトルの「シュリ」とは、淡水と海水とを自由に泳ぎまわる魚のこと。北朝鮮と韓国を自由に行き来できるようになりたいという、朝鮮の南北問題を象徴する。しかし、劇中のストーリー展開の中で重要な魚は、シュリではなくキッシンググラミーである。
熱帯魚キッシンググラミーは、つがいの一方が死ぬと、もう一方も生きていけない。二人一緒でなければ生きていけない。それはユ・ジュンウォンとイ・ミョンヒョンの関係を象徴している。
 情報部員であるジュンウォンと北朝鮮のスパイ、イ・ボンヒであるミョンヒョンは、恋に落ちる。情報部員とスパイ。決して相容れない関係。しかし、二人は純粋に愛し合い、一つとなることを願う。ジュンウォンとジュンウォンの恋愛関係が、韓国と北朝鮮の南北問題にそのままオーバーラップしてくる。朝鮮半島の統一を願う心は、韓国と北朝鮮、ともに同じである気づくが、種々の弊害によってそれが実現されない。一緒になりたいけどなれないというジレンマは、ジュンウォンとジュンウォンの恋愛関係そのものなのである。そして、韓国と北朝鮮の関係もキッシンググラミーと同じである。一方がいなくては、生きていけない。お互いは血を分けた同胞なのである。「うまい」と思わず、声をかけたくなる。
 ラストシーンのジュンウォンがミョンヒョンの妹に、キッシンググラミーを手渡すシーンは何を意味するのか。キッシンググラミーの意味をふまえたうえで、ミョンヒョンが死んだことを考えると、ジュンウォンも死んでしまうのだろうか? ジュンウォンの表情に悲壮な雰囲気はないが、その点だけが疑問に残った。

 『シュリ』は映画ファンには、ニヤリとさせるシーンが随所に見受けられる。ハリウッド映画へのオマージュが、至るところにちりばめられている。敵と味方で銃を突きつけあうシーンは、『パルプフィクション』だし、その周りをカメラがグルグルと回るのは、ブライアン・デ・パルマの『ボディ・ダブル』である。クライマックスを巨大スタジアムでむかえるというパターンも、昔の映画にはたくさんあった。物音がして空を見上げると風船が上がっていく。この描写はヒッチコックを彷彿とさせる。映画の始まる前に出る、「芸神集団」という製作会社のロゴ。このマークは、自由の女神がデザインされており、製作者たちのアメリカへ憧れが象徴されている。
 監督たちは、アメリカ映画を愛しているし、よく研究している。それが、『シュリ』を見ていると非常によくわかる。特に、40年代、50年代のアメリカ映画の黄金期への憧れが強し、最近のアメリカ映画のテイストも盛り込んでいる。伏線を張りきちんと拾っていく。サスペンス映画の基本をきちんとおさえていて、ヒッチコック映画を見ているような懐かしさすら感じられる。最近のアメリカ映画は良い意味でドラマツルギーの常識を破るようなストーリー展開の映画が多くなっている。それは、一部の映画ファンには大きな快楽を与えるが、普段映画を見慣れていない観客はついていけないかもしれない。昔風のきっちりとした作り方を踏襲している『シュリ』は、序盤で人物関係や場面設定を十分説明し、熱帯魚に関する伏線をわかりやすく張ったり、ほとんどの観客が理解できるような親切な映画作りがなされている。そして、それでいてテンポをくずさないように、数シーンおきに必ずアクション・シーンが入る。これは、今日的なアメリカ映画の影響である。

 先日、テレビで『ロング・キス・グッドナイト』を見たら、『シュリ』そのまんまだなあ、と思った。『シュリ』の基本的なアイデアは、『ロング・キス・グッドナイト』からいただいているのかもしれない。主人公は男勝りの女スパイ(エージェント)である。次から次へとアクションシーンが来るというテンポや、やたらと銃をぶっぱなすところも。ラストの事件爆弾の形体がそっくりである。
 これらのアメリカ映画への憧れが全編に染み渡っていながら、単なる物まねで終わらず、南北問題という朝鮮人にとって忘れがたい重要な問題と絡めることで、立派に韓国映画として成立させているのである。
 それにしても、今まさに問題となっている北朝鮮問題。実際昨年、北朝鮮のスパイが潜水艦で韓国領内に潜入しようとした事件も起きている。国際的には非常にピリピリとした雰囲気にある中、このきわどいテーマを扱えたこと、そして韓国国民のほとんどがそれを指示したのは、素晴らしいことだと思う。例えば、日本では日本人と朝鮮人の関係を描いた作品などは、ほとんど作れない。例外的に、『月はどっちに出ている』という名作もあるが、あくまでも国内問題として朝鮮問題を扱うにとどまる。日本映画で、現在懸案中の国際問題をテーマとした映画を作るということは不可能である。政治家や官僚たちがよしとしないし、日本人の観客も『シュリ』のように純粋な娯楽映画として割り切って見ることは不可能だろう。
 『シュリ』のような深刻な題材を扱った映画を、国民を挙げて支持してしまう韓国の国民性が、実はこの『シュリ』という映画を成功させた背景にあるだろう。

 

シカゴ発 映画の精神医学
アメリカ、シカゴ在住の精神科医が、最新ハリウッド映画を精神医学、心理学的に徹底解読。心の癒しに役立つ知識と情報を提供ています。
 人種、民族、宗教などアメリカ文化を様々な角度から考察。
 2004年まぐまぐメルマガ大賞、新人賞、総合3位受賞。
(マガジンID:0000136378)

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